20/07/2023
欧州統一特許裁判所(以下「UPC」)が訴訟の受付を開始してから1か月が経過し、UPCの運営委員会は、受付開始から4週間のうちに提起された訴訟の種類に関して、ある統計を発表しました。かなりの差でトップとなっているのはプロテクティブ・レター(Protective Letters)で、2023年6月26日までに236件が受理されています。
なぜこれほど多くのプロテクティブ・レターの提出があったのか
おそらく、これは驚くべきことではありません。プロテクティブ・レターの作成に必要なコストは(時間的にも金銭的にも)低く、公定手数料は、わずか200ユーロです。加えて、プロテクティブ・レターは消極的権利であり、その唯一の目的は、特許権者が一方的救済(一方的仮差止命令(以下「PI」)が最も一般的)を受けようとする場合において、裁判所が考慮すべき弁駁書が記録に存在するように、裁判所に通知することにあります。プロテクティブ・レターが一般的であるEU諸国では、プロテクティブ・レターは、PIに係る法的手続において被告が審問を受ける権利を確保できるようにする上で有効な手段であることがわかります。これにより、被告が抗弁の機会を得られないまま仮差止命令が認められてしまうのを避けることができるのです。
UPCに提出された236件のプロテクティブ・レターから何が分かるか
額面通りに受け取れば、この統計は、236の当事者が、UPCからオプトアウトされていない特許が自分に対して行使されるリスクを予見していること、および特許権者が一方的救済を求めうるであることを示しているものと考えられます。
こうした提出の背後にある現実は、大きく異なるのかもしれません。プロテクティブ・レターは誰でも提出できます。上述のように、プロテクティブ・レターにかかる手数料は低く(200ユーロ)、6か月で失効し(追加で100ユーロを支払って更新しなかった場合)、実質的な審査の対象ではありません。実際、プロテクティブ・レターが実質的に考慮されるのは、それを提出した当事者に対して、関連特許に係る訴訟が提起された場合に限られます。その訴訟が提起された時点で、プロテクティブ・レターは裁判所に提出され、被告を審問にかけることなく判決を下すべきかどうかを判断する前に考慮されます。
つまり、これらの236件のプロテクティブ・レターのうち少なくとも一部は、弁理士や知財弁護士が、プロテクティブ・レターの提出後にどのような通知がいつ届くのか、プロテクティブ・レターに「不備」がないか、どの程度チェックされるのかなど、制度の仕組みを理解する目的で提出する「テスト」レターに過ぎない可能性が高いのです。
プロテクティブ・レターが関係する特許は実在するものでなければなりませんが、訴訟を起こされるおそれがある必要はありません。さらに、プロテクティブ・レターは公開されません。
もちろん、この236件の中には、正当なプロテクティブ・レターもあることでしょう。そのようなプロテクティブ・レターは、特許権者が一方的救済を得ようとする正当なリスクを予見した当事者によって提出されたものということになります。プロテクティブ・レターには、当事者の抗弁書を完全に記載する必要はありませんが、PIなどの救済を単に一方的に認めるのではなく、審問が予定されるべき正当な理由のあることが示されている必要があります。プロテクティブ・レターが一般的である大陸法の法域(特にドイツ)では、これらの主張は、特許が無効であること、もしくは特許が侵害されていないこと(またはその両方)など、訴訟の実質的な論点に焦点を当てたものとなる傾向がありました。UPCにおいては、緊急性がない、あるいは審問なしのPIが正当化されないような撤回不能の損害が生じるおそれがないなど、コモンロー法域でより馴染みのある主張を展開する余地がもっとあるかもしれません。
被告が含めることにする可能性のある主張がどのようなものかはともかく、多くの国内裁判所での経験からは、抗弁の主張を簡潔に記載した、焦点を絞ったレターであれば、当事者間審問が予定されることを確実にする上で十分と言えるでしょう。この段階では、完全な抗弁書と証拠資料を添付する必要はありません。審問の日程が決まり次第、プロテクティブ・レターはその役割を果たし、被告は特許権者の訴えに対する完全な抗弁書の作成に焦点を移すことができます。
文化の衝突
プロテクティブ・レターはまた、UPCの魅力的な側面の1つを浮き彫りにしているので、現地法が持つ確立された側面が互いにぶつかり合う様子が見られることになります。
伝統的に、プロテクティブ・レターは裁判所が暫定的命令を出す前に被告が審問を受けられる機会を保証するのに役立ってきましたが、一方、セジー命令(Saisie)は、特許権者が被告に事前に警告することなく証拠を閲覧できるようにする、フランスにおける訴訟の主力手段となっています。セジーとは、被告が法的手続をとられることを知った場合に破棄されてしまうことを原告が恐れている証拠を保全するための、裁判所命令のことです。国内の法的手続では、審問なしでセジーが認められるのが一般的です。
私たちの知る限り、UPCは、セジーとプロテクティブ・レターの両方の概念を支持する(少なくとも欧州では)最初の特許裁判所となります。そのため、両者がどのように相互に作用するのかという疑問が沸き上がります。
プロテクティブ・レターは、裁判所が審問を経ずに、すなわち一方的に、侵害疑義者に対して「暫定的措置」を出すことを防ぐためのものです。訴訟規則を見ますと、「暫定的措置」は規則211.1に定義されていますが、証拠保全への具体的な言及はありません。ですから、これだけからすると、プロテクティブ・レターは審問なしのセジーを防ぐのに十分ではない可能性があるように見えます。しかし、セジーの申立の審査に係る規則194(6)には、「申立の対象である特許が、規則207に基づくプロテクティブ・レターの対象でもある場合、申立人は、第5項により申立を取り下げることができる」と明記されています。
このことから、UPCは、セジーの申立があった場合、プロテクティブ・レターを同裁判所で考慮することを明確に想定しています。さらに、第5項へのこの言及は、プロテクティブ・レターが、その申立について同裁判所から被告に通知させ、規則194(1)(a)を参照して、被告にこの申立に対する異議申立を行うよう促す上で、説得力があるかもしれないことを示唆しています。
ですから、プロテクティブ・レターは、一方的仮差止命令とセジーのいずれに対しても保証となり得るものでは決してありませんが、UPCの手続規則では、特許権者が一方的命令を裁判所に求めようとした場合に、被疑侵害者が審問を受けられる可能性を大幅に高めることのできる手段としてプロテクティブ・レターが使用されることを、明確に予見しているのです。
国内裁判所またはUPCにおけるプロテクティブ・レターについて詳しくお知りになりたい場合は、ご遠慮なく当事務所まで詳細についてお問い合わせください。
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