英国高等法院判決[Emotional Perception AI Ltd v The UKIPO]:英国知的財産庁は、コンピュータ実装発明、および人工知能実装発明の特許性評価のアプローチを変更するか?

22/04/2024

概要

英国高等法院による最近の判決は、英国知的財産庁(以下、UK IPO )での、人工ニューラルネットワーク(Artificial Neural Network, ANN)に関連する発明の特許性評価の手法を変え得るものです。しかしながら、この高等法院判決に対してUK IPOは上訴しており、法に対する最終的な影響は未だ明確ではありません。弊所としましては、控訴院では、高等法院の判決に過誤があるものと認定され、高等法院の裁判官による認定の多くが覆されるものと考えております。しかしながら同時に、コンピュータ実装発明に関する英国法が今後、欧州特許庁(以下、EPO)の最近の判決により近いものになっていく可能性もあります。

背景

Emotional Perception AI Ltd v The UKIPO」の判決において英国高等法院は、音楽トラックを推奨するように訓練されたニューラルネットワークについてクレームする特許出願は、人工ニューラルネットワークは「それ自体がコンピュータプログラム」ではなく、クレームされた発明は技術的貢献をもたらすものであるから、特許による保護を受ける適格性を有する、と認定しました。

英国高等法院は、訓練した人工ニューラルネットワーク(ANN)は理屈としてはハードウェアに実装され、その場合は単なるコンピュータプログラムとはみなすことができないため、「それ自体がコンピュータプログラム」であることによる特許不適格性は適用されないものと認定しました。さらに、英国法院は、訓練したニューラルネットワークは、それがユーザに対する推奨として音楽ファイルを「出力」することから、「現実世界に対する効果」を有しており、技術的貢献をもたらすものであると認定しました。

この高等法院の判断は、コンピュータプログラムの特許性に関する英国の現行法と、理屈としては英国法院およびUK IPOが従うべきEPO 技術審判部の判例法の両方に相違するものと思われたため、驚くべき判決でした。

現在、EPOおよびUK IPOの判例法では、コンピュータ実装発明の特許性を評価する際、重要なのは、その発明が技術的貢献をもたらすかどうかであり、その発明がソフトウェアとハードウェアのどちらで実装されているかではないことが強調されています。この点では、ソフトウェアとハードウェアはどちらも「技術的」主題とみなされ、ソフトウェアのみで実装された発明であっても、技術的貢献をもたらす場合には、特許性を有し得ることになります。

一方で、技術的貢献をもたらすためには、発明が特定可能な技術的課題を解決するか、特定可能な技術的効果を提供する必要があります。英国控訴院判決「AT&T Knowledge Ventures LP and CVON Innovations Ltd」で確立された判例法では、特許性について有効な「技術的効果」は通常、コンピュータまたはコンピュータネットワークに、オペレーティングシステムまたはコンピュータアーキテクチャのレベルで影響を及ぼす、と述べられています。

そのため、データの知的コンテンツ(意味的コンテンツ、音楽コンテンツ、ユーザデータ、またはビジネス方法のための概念など)のみに基づく出力を提供するコンピュータ実装発明は、特許性のための十分な技術性を有するものとはみなされてきませんでした。

「Emotional Perception AI Ltd v The UKIPO」の判決では、 驚くべきことに、コンピュータ実装発明(この場合はANN)が、「技術的」目的ではなく「知的」目的のため(すなわち、音楽トラックを推奨として出力する)のものであるにも関わらず、特許性を有するものと認定されました。さらに、このコンピュータ実装発明が現実世界に効果を有するかどうかは疑わしいところです。裁判官は、効果を推奨ファイルの出力として特定しました。しかしながら実際のところ、この発明はユーザが選択するためのリンクを提供しているに過ぎません。

UK IPOからの上訴は控訴院により2024年5月に審理される予定です。上訴審では、UK IPOは、高等法院はEmotional Perception AI Ltdの発明が技術的貢献をもたらさないものと認定すべきであったと主張するものと考えられます。また、UK IPOはさらに、たとえ英国高等法院が、UK IPOによる「それ自体がコンピュータプログラム」であることによる特許不適格性に基づいた当該発明の拒絶を阻止しようとしても、UK IPOは「それ自体が数学的方法」であることによる不適格性に基づき、クレームされた発明を特許性の対象から除外することができた、と主張するものと考えられます。

英国高等法院によって特許可能と認定されたこの英国出願には、EPOに係属中の対応出願があります。この対応EPO出願は現在審査中ですが、技術的課題に対処していないことを理由に拒絶される可能性が高いと思われます。

コンピュータ実装発明、人工知能、訓練したニューラルネットワーク、または機械学習の手法に基づく発明は、UK IPOおよびEPOのどちらでも特許性を有しますが、その発明が技術的課題に対処していることが必要です。こうした事項全般に関してより詳しい情報が必要でしたら、弊所までお知らせください。

解説

英国特許法と欧州特許法はどちらも意図的に、「コンピュータプログラム」、「数学的方法」、「精神的な行為」、「遊戯」、「情報の提示」、および「ビジネス方法」のみに関する発明は特許による保護を受けられない旨定めています。しかしながら、その発明がさらに何らかの「技術的貢献」を提供する場合は、特許を受けられる可能性があります。欧州特許条約(EPC)第52条:https://www.epo.org/en/legal/epc/2020/a52.html

コンピュータ実装発明の特許性に関するUK IPOのアプローチは、欧州特許庁と概ね同じであるべきです。しかしながら実際のところ、コンピュータ実装発明の特許性に関するEPOの技術審判部の判決は、UK IPOでの審理において「説得力がある」に過ぎません。EPOでの判決が正式な英国法となるには、EPOの技術審判部の判決を支持する英国高等法院、英国控訴院、または最高裁判所の判決が必要です。そのため、英国とEPOとの間には、時折「判例法ギャップ」が存在します。それゆえ、今回の英国控訴院への上訴は、判例法を更新する機会となるものです。

AT&T Knowledge Ventures LP and CVON Innovations Ltd」の事件では、いくつかの「道標」が示され、それによれば、特許性について有効な技術的貢献とは、1)「コンピュータの外部で行われるプロセスに対する技術的効果」、2)「処理されるデータ、または実行されるアプリケーションとは無関係に、コンピュータのアーキテクチャのレベルで生じる技術的効果」、3)「コンピュータを新しい方法で動作させる技術的効果」、および4)「コンピュータとしてより効率的に、かつより効果的に動作させるという意味において、コンピュータをより良いコンピュータとするプログラム」であり得るとされています。「Emotional Perception AI Ltd v The UKIPO」の発明は、これらの基準のいずれも満たしていないと思われます。

「Emotional Perception AI Ltd」では、裁判官の判決は、「Protecting Kids The World Over」または「PKTWO」として知られる英国法院判決に基づいています。「PKTWO」判決では、コンピュータ実装発明は、セットトップボックスで受信され、子供が視聴するビデオデータに対して、ディープ・パケット・インスペクションを行う、というものでした。この発明は、データが年齢的に不適切であると判断した場合は、アラームを発し、子供の親に通知します。この判決も視聴されるデータの知的コンテンツに基づくものではありますが、a)セットトップボックスの内部動作の操作(この場合は、年齢的に不適切なデータを表示する動作)を示していることから、また、b)望ましくない状況を示す「アラーム」をユーザに提供していることから、この発明は特許性を有すると判断されたようです。

現在、UK IPOは、人工知能を用いて実装された発明の特許性評価についてのガイダンスの公開を停止しています。

可能性は低いものの、「Emotional Perception AI Ltd」について、控訴院が何らかの点で高等法院の判決を支持することはあり得ます。その場合、「Emotional Perception AI Ltd」判決を、コンピュータ実装発明の特許性を判断する現在の判例法体系と調和させるのは困難となるでしょう。特許関係者は、これが特許性可能な主題の今後の問題に対して何を意味するかを理解する必要があるでしょう。また、英国最高裁判所への上訴の可能性もあります。