14/06/2024
1年前(6月1日土曜日現在)、統一特許裁判所(Unified Patent Court, UPC)が正式に発足し、欧州特許庁(EPO)における単一効特許の申請の処理が始まりました。欧州特許の新たな時代の始まりです。UPC協定の締結はUPCの運用開始よりも10年以上前のことであるため、当然ながら、UPCが及ぼし得る影響、どのような性格のものとなるか、さらにいくぶん皮肉めいていますが、実際に利用者が現れるかどうか、について、多くの考察や議論がなされてきました。
一年が経過し、これらの問いに対する答えが明らかになってきました。UPC公式の最新訴訟件数によれば、UPC開設初年度の第一審での受理件数は373件でした。人々がUPCの利用に関心があることは明らかです!
件数は多いものの、判決が出たものは比較的少数ですので、UPCの性格や影響に関して明確な結論を引き出すには時期尚早でしょう。加えて、一部の判決は控訴によりすでに覆されています。とはいえ、UPCにとって最初の一年を振り返ると、新たな単一効特許制度の興味深い特徴や傾向がいくらか明らかになります。以下にそれらの詳細を述べます。
文書の公開
UPCの手続き規則に基づき、公衆は、UPCの裁判所文書の公開について理由を付した申請書を提出することができます。申請が認められるか否かは裁判所の判断に委ねられ、当事者のための機密保持と、裁判所文書の公開に関する公共の利益とのバランスが考慮されます。裁判所文書の一般公開は、それ自体が感情的になり得る事項であり、物議を醸すこともあります。これは部分的には、参加国およびEPOの間の慣例の違いによるものです。デフォルトでは、EPOは、オンラインのEPO登録簿を通じて、手続きの一部として提出されたあらゆる文書を、公衆が容易に閲覧できるようにしています。当事者は文書を編集したり、文書を公開しないように要求したりできますが、これはデフォルトではありません。他方で、管轄区によっては、商業訴訟は、当事者間の内密事項であるべきとの観点から、裁判所文書の一般公開を認めていません。また、一部の管轄区は中間的な立場をとり、公衆からの求めに応じて文書を公開します。
裁判所文書の公開に対するUPCの対応は、弁理士ならびに本制度の一般利用者にとって、大きな関心事項でしょう。過去1年間、第一審裁判所ではこの問題に関連する判断が示されており、控訴裁判所では現在、この問題について審議中です。控訴裁判所はすでに、文書の公開を求める公衆は代理人を立てなければならないという判断を示しており、まもなく控訴裁判所において、裁判所文書の一般公開に関して本質的な判断が示されるものと考えております。そしてそれは間違いなく、新たなUPCとしての有り様にとって重要な判断となるでしょう。
UPCでの言語
ほとんどのUPC訴訟(約2/3)がドイツの地方部で行われましたが、UPCでの主要な言語としては、ドイツ語よりも英語が多くなりました。ほとんどの欧州特許(約4/5)で手続きの言語が英語であることと、UPCの全ての区域で英語を手続きの言語として使用できることを考えると、これはおそらく驚くことではないでしょう。
当事者は、特許が付与された言語を手続きの言語として使用するよう請求することができます。このような請求は、Plant-e v Arkynの判決(ORD_581189/2023を参照ください)でのように、当事者の一方の意思に反して認められる場合があります。この判決では、第一審裁判所の裁判所長は、手続きの言語を、オランダ語から、特許が付与された言語である英語へ変更することを認めました。EPOでの手続きの言語、すなわち、特許が付与された言語の重要性は、控訴裁判所での[10x Genomics v Curio Bioscience]の判決(CoA_101/2024を参照ください)でも確認されています。この判決では、一方の当事者から、手続きの言語を特許が付与された言語である英語へ変更するよう請求があり、その請求が認められています。概ね、言語に対するUPCのアプローチはこれまでのところ非常に合理的なものと思われ、UPCの魅力を高めているとも言えます。
フォーラムショッピングと包袋禁反言
当事者は、特定の区域での国内法に基づき、戦略的にその区域で訴訟を起こすこと(フォーラムショッピング)を事前に検討する場合があります。UPC協定(UPC Agreement、UPCA)の第24条には、UPCの判決は、(欧州特許条約(EPC)などのほか)部分的には国内法に基づくものとする、と定められているため、結局のところフォーラムショッピングは有効なようにも思われます。しかしながら、[SES-imagotag SA v Hanshow Technology Co. Ltd]の判決からは、当事者が効果的にフォーラムショッピングを行い得るかどうかという点に関し、その他の要素による影響が及ぶ場合があることがわかります。
ミュンヘン地方部は、SES-imagotag SAによる仮差止の申請を却下しましたが、この判断において、当該特許(EP3,883,277)の経緯履歴、および出願時クレームに対して行われた補正を考慮しています。ドイツ裁判所は通常、経緯履歴および包袋禁反言を認めていませんので、これには驚かれるかもしれません。しかしながら、裁判官の顔ぶれを見れば、それほど驚くほどのことではないでしょう。裁判官のうちの一人はオランダの裁判官であり、包袋禁反言はオランダ法において定着しています。弁理士は、この事件により、特に国際的なエンフォースメントの観点から、審査中の補正および反論は注意深く行うべきであることを思い起こすべきでしょう。
UPC外の当事者についての担保
UPC CFI No. 514/2023の事件では、米国の不実施主体が、UPCのミュンヘン地方部に、特許EP1,875,683(B1)に基づき、複数の被告を相手取った侵害訴訟を提起しました。
UPCでは、裁判所は原告に対し、被告の訴訟費用の担保を提供するよう命じることがあります。しかしながら、UPCの多くの締約国における国内法の状況とは対照的に、UPCAでは、UPCまたはEUの領域内に住所または所在地がない場合に、担保が必要であるという明示的な規定が存在しません。
この事件では、裁判所は、合理的な観点での他方当事者の財務状態や、費用の支払い命令がなされた場合に回収不能かつ執行不能になり得る現実的な懸念があることなどの、特定の要素が考慮されるべきものと判断しました。ミュンヘン地方部は、費用の返済請求が満たされないか、または十分な資金があるにもかかわらず、費用に関する決定の執行が不可能であったり、特別な困難を伴なったりすると思われるような兆候は見られないと判断しました。
この判断に基づけば、被告側にとっては、UPC侵害事件において執行可能性の欠如の実際のリスクを証明するのは困難なものとなるでしょう。なぜなら、不実施主体対実施者のケースでは、通常、侵害訴訟の前には当事者間に経済関係がなく、また、不実施主体は一般に格付け機関の対象ではないためです。他方で、米国またはアジアからの原告であれば、もし彼らが欧州に居住していない場合は、少なくとも判決の承認と執行を容易にする条約が存在する管轄区に居住している場合には、彼らが起こした侵害訴訟において担保を提供する義務を負わなくてもよいことを期待できるでしょう。米国およびほとんどのアジアの国はこの要件を満たしていますが、興味深いことに現時点では英国は満たしていません。
異議申立とUPC
統一特許裁判所制度からオプトアウトしなかった欧州特許は、2つの別個の法廷での攻撃を受け得ます。すなわち、UPCの中央部で取消訴訟を請求することによるもの、または登録の日から9月以内に欧州特許庁に異議申立を行うことによるものです。これら2つの制度の間に禁反言はないため、両方の法廷で本質的に同じ主張がなされ得ます。UPCでの訴訟に係る被疑侵害者は、特許の有効性を争うために、これら2つの別個の手続きが利用可能であり、UPCの運用開始以降に付与された特許のうち、UPC侵害訴訟の対象となったほぼすべての特許(完全にすべてというわけではありません)について、対応する異議申立がEPOにおいてなされています。また、EPOは、訴訟に係る裁判所または当事者のいずれかにより、並行したUPC訴訟がある旨を通知された場合は、異議申立が早期異議申立手続き(Accelerated Opposition Procedure)の対象となることを表明しています。EPO公式の登録簿で関連する特許を調査したところ、すでに第一件目の早期異議申立が進行中であることが判明しました。今年後半には、この早期異議申立について決定がなされるものと予想されます。
同時に、ミュンヘンの中央部によれば(Astellas v Healios KK, UPC_CFI_80/2023の判決)、3月以内に行われるEPOでの異議申立のヒアリングと、その数か月後になされる決定では、UPCA第33条(10)に規定され、当事者による手続きの停止の請求を考慮した場合に必要となる、「迅速な決定」の水準を満たさないであろうことが、示されています。最後に、UPCにより最近公開されたデータによれば、運用初年度において、UPCに提起された個別の取消訴訟(つまり、侵害訴訟における反訴として起こされた取消訴訟でないもの)はわずか40件程度です(侵害訴訟は134件)。将来的にUPCに提起される個別の取消訴訟が増加する可能性もありますが、欧州において特許の有効性を争うための手段としては、依然としてEPOでの異議申立手続きの方が好まれていることは明確です。
本記事は一般的な情報のみをご提供するものです。本記事の内容は何らかの対象についての法的な判断ではなく、また、アドバイスを構成するものでもありません。本記事に基づいて何らかの行動を起こすことをお考えでしたら、先ずはReddie and Grose LLPにご連絡いただき、アドバイスをお求めください。