統一特許裁判所のこの1年-より詳しく

19/06/2024

統一特許裁判所が発表した最近の統計(こちらから閲覧可能)によると、2023年6月1日に裁判所が開設されて以来、373件の訴訟が受理され、このうち侵害訴訟は134件、取消訴訟は39件となっています。とはいえ、事件番号は関係当事者の構成に応じて付けられるため、単一の特許について複数の被告に対する訴訟が起こされた場合には、複数の事件番号が割り当てられることになります。結果として、この統計では訴訟の対象となった特許の数が若干誇張されています。

この記事では、統一特許裁判所(UPC)で提起された侵害訴訟について、訴訟の対象となっている欧州特許に基づいて、さらに深く掘り下げ、技術分野別、原告国籍別、裁判所の部門別、訴訟の価値別にデータの内訳を示します。関連する考察として、UPC制度の5つの主要な進展に焦点を当てた記事がございますので、こちらをクリックしてご覧ください。

技術分野

UPCの事件管理システムによれば、UPCでは初年度に100件を超える欧州特許が訴訟の対象となりました。技術分野別では、電気通信、医療機器、ソフトウェア/コンピューティング分野で最も多くの紛争が発生しています。

103件の侵害訴訟を調査した結果、以下のような分類となりました:電気通信(21件)、医療(16件)、ソフトウェア/コンピューティング(15件)、電気(13件)、製造(12件)、ライフサイエンス(9件)、消費財(6件)、機械(4件)、食品技術(4件)、物流(3件)。

地域

侵害訴訟のほぼ4分の3がドイツのミュンヘン、デュッセルドルフ、マンハイム、およびハンブルクの地方部で提起されており、その中でもミュンヘン地方部が突出して多くなっています。UPCでの訴訟においてフォーラムショッピングがどのような戦略上の役割を果たすかを判断するには時期尚早ですが、訴訟当事者がすでに、異なる地方部で複数の訴訟を同時に起こすことで被告に対して最大限の圧力をかけることを選択していることは明らかです。パリ地方部と北欧・バルト地方裁判所でも多数の訴訟が提起されています。UPCの統計によると、UPCで提起された訴訟の50%は英語によるものです。しかし、侵害事件に注目すると、ドイツの裁判所が多数を占めるため、この割合は40%未満に低下します。

国籍

国籍別に見ると、欧州の訴訟当事者によって起こされた侵害訴訟が最も多く、主要な欧州諸国(英国を含む)間では、訴訟件数は比較的横並びになっています。

欧州の次に多いのは米国の訴訟当事者で、40件の訴訟があり(詳細は下記参照)、次いで日本が12件(パナソニック、富士フイルム、アステラス製薬、NECなど)、韓国が4件(Seoul Semiconductors, Seoul Viosys)、中国が2件(Huawei)となっています。

欧州、米国、日本は、EPOにおける特許出願件数の上位3カ国であるため、その傾向がUPCにおける訴訟件数に反映されているのは驚くことではありません。しかしながら、(これまでのデータによれば)米国の訴訟当事者によるUPCでの侵害訴訟の割合は、EPOに出願された米国からの欧州特許出願の割合と比較して、より多くなっているように思われます。このことは米国企業が、自らの権利行使を広範囲にわたって行うための準備を、より十分に行っていることを示唆しています。米国からの訴訟のうちの多くは、Edwards LifesciencesとMeril、10x GenomicsとNanoString、DexCom IncとAbbotなどの企業間での、多数の大規模な紛争や進行中の訴訟によるものです。しかしながら、2024年に提起された侵害訴訟のうち10件以上が、米国を拠点とする特許主張主体によって提起されています。

特許主張主体

パナソニックホールディングス株式会社は、2023年7月、ミュンヘンとマンハイムの地方部において、モバイル通信システム技術に関する6件の欧州特許に基づき、XiaomiとGuangdong OPPO Mobile Technologiesに対する一連の訴訟を起こしました。

2024年には、さまざまな特許ライセンス主体によるさらなる訴訟が起こされており、そのうちの多くがドイツの裁判所で電気通信およびエレクトロニクスの分野で起こされています。特許主張主体のほとんどは米国に拠点を置いており、たとえばNetwork Systems Technologies LLC(集積回路技術に関連する3件の特許をさまざまな被告に対して主張)やHeadwater Research LLC(モバイルネットワーク技術に関連する4件の特許をさまざまな被告に対して主張)などがあります。英国、スペイン、アイルランド、フィンランドの主体も活動しています。

大手の事業会社に対する特許主張主体の役割、およびUPCにおける特許紛争の傾向としての第三者資金提供による訴訟の重要性については、まだ明らかではありません。この答えは結局のところ、UPCの各部門において、特許の有効性と侵害が認定されやすいかどうか、および敗訴した被告に対する差止命令や多額の損害賠償が認められやすいかどうかにかかっています。

訴訟の価値

UPCに提起された訴訟の価値は、最少額の15万ユーロから、ライフサイエンス分野でのAmgen対Sanofi間の紛争における1億ユーロまで広範囲にわたります。記載された事件価値の分布を見ると、訴訟当事者が50万ユーロ~400万ユーロの価値を提示することが最も多く、それ以上になると事件価値は約2000万ユーロに向かって次第に減少しています。

UPCの裁判手数料は、固定料金と、価値に基づく追加料金からなり、この追加料金は、事件価値が50万ユーロまでの場合には0ユーロ(ゼロユーロ)ですが、事件価値が5000万ユーロ以上の場合には32万5000ユーロまで金額が上がります。

UPCでは敗訴者負担(fee shifting)が可能であり、敗訴した当事者は勝訴した当事者の訴訟費用の全部または一部を支払うよう命じられる場合があります。しかしながら、実際の費用の裁定額は、裁判所の裁量、公平性、比例原則など、さまざまな要因によって決まることになります。敗訴者負担は一部の訴訟当事者にとっては魅力的かもしれませんが、訴訟当事者は、敗訴した場合、依然として自らの費用(および場合によっては被告の費用)を負担する必要があり、また、(裁定額は裁判所の裁量に委ねられているため)勝訴した場合でも費用を完全に回収できない可能性があります。裁判制度がより確立していく今後1~2年にわたって、UPCの各部門において費用の切り分け(apportion)が裁定されやすいかどうかが注目されることになります。

EPOにおける異議申立との関連

UPCで訴訟対象となった特許の総数の約30%は、過去または現在、EPOで進行中の異議申立手続きの対象となっています。

2023年6月1日以降、まだ特許付与後9か月の異議申立期間が経過していない、いくつかの欧州特許について訴訟が開始されました。これらの特許のほぼすべてについて、その後EPOでの異議申立が行われため、現時点で、並行訴訟の審問においてUPCの各部門とEPOとの間で協調が必要と考えられる事件が複数存在しています。これが困難な場合には、UPCの部門が、ある特許に対して裁定を下し、その後、当該特許がEPOによって無効と判断された場合に対する判例法が確立する可能性が高いと考えられます。

カバレッジ

ほとんどの専門家が、アイルランドがUPC協定を批准する18番目の国になると予想していましたが、実際にはルーマニアが18番目となるようです。ルーマニアは2024年5月31日に協定を批准し、協定が2024年9月1日に発効することを承認しました。一方、アイルランドは、欧州議会選挙と同時になることを避けるため、UPC加盟に関する2024年の国民投票(2024年6月7日に予定されていた)を延期しました。一部では、アイルランドでは2025年の総選挙後の2026年まで国民投票は行われないだろうとの見方もあります。UPC協定がルーマニアで発効すると、対応する単一効特許(18か国をカバー)の市場カバレッジは、3億人を優に超えることになります。

まとめ

UPCの初年度において、この新しい裁判制度が訴訟当事者にとって魅力的なものであることがすでに証明されました。しかし、その運用と有効性については明確になっていない点が多くあります。弊所としましては、今後数か月のうちに、さらに多くの疑問点と回答をご報告したいと考えております。

本記事は一般的な情報のみをご提供するものです。本記事の内容は何らかの対象についての法的な判断ではなく、また、アドバイスを構成するものでもありません。本記事に基づいて何らかの行動を起こすことをお考えでしたら、先ずはReddie and Grose LLPにご連絡いただき、アドバイスをお求めください。