初のUPC訴訟判決

26/07/2024

7月3日、統一特許裁判所のデュッセルドルフ(ドイツ)地方部は、Franz Kaldewei GmbH & Co. KG(以下「Kaldewei」)がBette GmbH & Co. KG(以下「Bette」)に対して欧州特許EP3375337号(EP ’337)に基づき提起した侵害訴訟において、最初の UPC訴訟本案判決を下しました。Betteは取消を求めて反訴を提起しています。

本判決は、UPCによる初の完全な本案判決であるため、当然ながら大きな関心を集めています。手続きの言語は特許が付与された言語であるドイツ語であったため、本判決はドイツ語でのみ入手可能です。

このUPC訴訟は、EP ’337が優先権を主張するドイツ特許DE10 2017 105 290号に対してBetteが申し立てた異議申立に続くもので、この特許はドイツ特許商標庁(DPMA)によって補正後の内容で維持されました。

中小企業の便宜を図ることがUPCの明確な目標でもあるため、この紛争の両当事者が中規模企業(明確に中小企業とみなすにはやや大きすぎるのですが)であることは興味深いことです。

紛争に係る技術

EP ’337は、概ね浴室設備に関するものです。当該特許のクレーム1は、シャワートレイなどの衛生トレイ装置(「Sanitärwanneneinrichtung」)に関するものです。特許されたクレーム1の衛生トレイ装置は、衛生トレイ(「Sanitärwanne (1)」)と、衛生トレイ用の支持構成(「Traganordnung」)と、を備えています。トレイの縁は、C字型の断面(「im Querschnitt C-förmigen Wannenrand (3)」)を有し、また下側湾曲部(「Unterkantung (6)」)を有しています。支持構成は、複数の異形ストリップ(「mehrere Profilleisten (2)」)を含み、これらはC字型のトレイの縁(3)に挿入され、嵌め込み式に保持されています(「formschlüssig gehalten」)。 特徴部分では、異形ストリップがプラスチック硬質フォーム(「Kunststoff-Hartschaum」)で形成されることが記載されています。

当該特許は裁判手続き中に補正され、異形ストリップ(「Profilleisten (2)」)のさらなる特徴を定義する従属クレーム2および3の特徴が組み込まれましたが、これによって審査ではEPOが考慮しなかった先行技術文献DE 197 10 945 C1に対する進歩性の欠如を克服しています。注目すべきは、裁判所が、先行技術文献の1つであるKMG 10(DE 199 61 255 A1)に関する立証責任について、当該特許がKMG 10を先行技術として認めていたことを理由として、他よりも高かった(「höhere Vortragslast」)、と明示的に指摘したことです。

クレーム解釈-合理的な妥協点は?

特許請求の範囲がどのように解釈されるかは、あらゆる有効性および侵害訴訟における基本的な検討事項です。特に、クレームの文字通りの表現がどの程度重視されるか、およびクレームの文脈による解釈のために明細書と図面がどの程度考慮されるかは、裁判所の管轄区域によって異なります。

欧州特許条約(EPC)が可決された際に、両極端な立場の間の妥協点が定められ、EPC第69条(1)では、保護の範囲はクレームによって決定されるが、明細書と図面はクレームを解釈するために用いられるものと規定されています。

クレームの解釈はEPOにおいて注目されている話題であり、最近もこの件に関して拡大審判部へ付託(G1/24)されています。EPOの一部の審判部は、明細書と図面はクレームを解釈するために一般的に使用できると主張していますが、他の審判部は、明細書と図面は曖昧な場合にのみ、またはクレームの言葉が不明瞭な場合にのみ参照すべきであると主張しています。そのため、UPCがクレームの解釈にどのようなアプローチをとるのか、大きな関心が寄せられていました。

本判決におけるクレーム解釈

本判決は、クレームの解釈に関する両極端な立場の間の合理的な妥協点を定めるもののように思われます。すなわち、クレームは保護の範囲を定めており、クレームの特徴についての文脈を把握するために明細書が繰り返し参照されるものとしています。

本判決では、理解が訴訟に係る特許の明細書によって裏付けられることが明確に述べられています(「Dieses Verständnis wird durch die Beschreibung des Streitpatents gestützt」)。本判決ではいくつかの箇所で、明細書を参照するまでもなく、ほぼ間違いなく明確なクレームの特徴の意味を記載するものとして、明細書の特定の部分を参照しています。例えば、異形ストリップが嵌め込み式に保持される(「formschlüssig gehalten」)という点に関して、判決は、段落[0014]において訴訟に係る特許が、この用語の意味をどのように認識しているかが定義されていると述べています(「Aus Ansatz [0014] ergibt sich, was das Streitpatent unter einer formschlüssigen Halterung versteht」)。

  • 本判決は、クレームの解釈についての妥協点を示しているものと思われます。
  • 法的安定性の観点から、UPCが一貫したアプローチをとることが望まれます。

販売による侵害-特許権が主張されている各加盟国での販売の証明

特許権者/原告は、オーストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、イタリア、ルクセンブルク、およびオランダで特許権を主張しようとしました。特許権者は、これらの各加盟国における販売または配達による侵害の証拠を示していないようです。しかし、本判決では、少なくとも被告が各加盟国での配達を明確に否定しなかったため、特許権者の主張は十分であると述べています(「Auch wenn die Klägerin nicht für jeden hier beantragten Vertragsmitgliedstaat eine Lieferung dargelegt hat, genügt der klägerische Vortrag jedenfalls dann, wenn die Beklagte ihre Liefertätigkeiten nicht konkret bestreitet.」)。

  • 各加盟国における販売/配達による侵害の具体的な証拠がない場合でも、明示的な否定がなければ、そのような侵害の反論可能な推定が認められる可能性があります。

先行使用を継続する権利

被告は、ドイツにおける当該発明の先行使用に基づき、そのような先行使用を継続する権利を有することを主張しようとしました。判決で述べられているように、UPCA第28条は、先行使用を継続する権利は、先行使用が行われた加盟国にのみにおいて、その加盟国の国内法に基づいて認められることを明確に規定しています。特許権者はドイツにおける侵害を主張しなかったため、裁判所は被告による先行使用の抗弁を実質的に検討しませんでした。

  • 発明の先行使用に基づく権利は、先行使用が行なわれた加盟国においてのみ認められ、他の加盟国では認められません。つまり、先行使用の継続についての超国家的な権利は存在しません。

情報提供命令および救済措置

裁判所が決定した技術的な法的事項の一部は、情報提供命令と救済措置に関するものです。

情報提供命令に関して、本判決では、例えば侵害行為を立証するために、提供された情報の正確性を確認できる立場に原告を置く(UPCA第68条(3)(a)および(b)ため、原告には侵害訴訟において情報を要求する権利があると述べています。こうした要求は、利益の計算の際に被告が適用した原価要素に関するものであっても構いません。UPCA第67条(1)によれば、原告はインボイスまたは配達受領書を要求する権利も有します。

対照的に、本判決では、帳簿開示請求(UPC手続き規則の規則141)は損害賠償額の決定のための手続きの一部であり、侵害訴訟の進行中は認められないと述べています。

救済措置については、裁判所は、第64条(2)(d)に規定された、商業経路から製品を完全に除去する権利は、第64条(2)(b)に規定された、商業経路から侵害製品を回収する権利とは別個の独立した権利であると明確に述べています。

費用の回収

UPCにおける費用の回収は、多くの実務家や、例えば米国からの潜在的な利用者にとって大きな関心事となってきました。費用については、本判決では、(主張が全面的に認められた当事者に関するUPCA第69条(1)とは異なり)部分的な勝訴に関連するUPCA第69条(2)は、費用回収の上限について明示的に規定していないものの、UPCによる費用回収の上限の設定は、主張が部分的に認められた場合にも同様に適用されるべき、との裁判所の判断が示されました。

本件では、登録時の特許が無効と判断され、補正されたクレームに基づいて特許が維持されたため、取消を求める反訴に関する費用は、原告と被告が均等に(50%/50%)負担するとの決定がなされました。原告は損害賠償、回収、および商業経路からの除去に関する侵害請求を部分的に取り下げたため、この侵害訴訟に関する費用決定では、費用の15%を原告が負担し、85%を被告が負担することになりました。本件では、訴訟の価値がはじめに50万ユーロに設定されていたため、各訴訟の回収可能な費用の上限は5万6000ユーロとなります。

  • 費用上限は、部分的に主張が認められた場合でも、主張が完全に認められたか/全く認められなかった場合と同様に適用され、費用回収のリスクは限定的になります。

まとめ

UPC制度はまだ始まったばかりですが、これまでのところエンフォースメント訴訟の魅力的な場となっているように思われます。少なくとも本件では、UPCは判決についての期限目標を達成しています。

本記事は一般的な情報のみをご提供するものです。本記事の内容は何らかの対象についての法的な判断ではなく、また、アドバイスを構成するものでもありません。本記事に基づいて何らかの行動を起こすことをお考えでしたら、先ずはReddie and Grose LLPにご連絡いただき、アドバイスをお求めください。